コラム

政界の”ドン”二階俊博という男(By うの)

田中角栄に並ぶ”怪物”

略歴

衆議院議員(和歌山3区)当選12回。自民党幹事長、自民党国土強靭化推進本部長、志帥会会長。中央大学法学部卒業後、建設大臣等を歴任した遠藤三郎衆議院議員のもとで秘書を10年勤める。その後、和歌山県議会議員に当選。和歌山県議会議員を2期務めた後、1983年に衆議院議員に初当選。以後連続12回当選。運輸政務次官、運輸大臣兼北海道開発庁長官、経済産業大臣、自民党国対委員長、自民党総務会長などを歴任。

運輸大臣は、2001年の中央省庁再編前まで存在した日本の運輸省の長である。国務大臣をもって充てられた。現在は国土交通大臣にあたる。中曽根康弘氏、橋本龍太郎氏、亀井静香氏など歴任し、総理大臣経験者も。

歴代最長の幹事長に

政治評論家評論家、森田実氏は「二階俊博は、二十世紀から二十一世紀にかけて日本を代表する天才政治家である。この大天才の魂は、田中角栄を父とし、南方熊楠をとしている。」と「二階幹事長論」で評した。

南方 熊楠(みなかた くまぐす、1867年5月18日(慶応3年4月15日) – 1941年(昭和16年)12月29日)は、日本の博物学者、生物学者、民俗学者。生物学者としては粘菌の研究で知られているが、キノコ、藻類、コケ、シダなどの研究もしており、さらに高等植物や昆虫、小動物の採集もおこなっていた。そうした調査に基づいて生態学(ecology)を早くから日本に導入したことが注目される。英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ラテン語、スペイン語に長けていた他、漢文の読解力も高く、古今東西の文献を渉猟した。熊楠の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。(wikipediaより)

二階氏は2020年9月8日に幹事長の在任期間1498日となり、田中角栄元総理大臣を抜いて歴代最長となった。まさに戦後の怪物である。田中角栄氏は「闇将軍」と呼ばれたが、二階氏もその背中に追いついていると言えるだろう。

歴代最長の背景には二階氏の政局の嗅覚が抜群に良いことにある。田中角栄氏、竹下登氏、金丸信氏、そして小沢一郎氏らの側近として政治経験を積んできた。長年培った政局観は全く衰えず、安倍晋三元総理の長期政権、その後の菅政権発足に寄与した。細野豪志氏を始め、選挙に強い政治家を引き入れる手法は、昭和時代の古くさいものではあるが、今日では珍しく、大胆に映る

ある昔から政治を見てきた60代の自民党支持者に話を聞くと「二階幹事長は骨がある。自分の派閥で他党も受け入れる器の大きさだ。派閥の領袖は器が大きくなきゃいけない。気骨がある。」と評していた。「それに比べて今の政治家は小粒になった。誰も(どん底の議員を)受け入れようとはしない。面倒を見ようとしない。」激動の昭和政治を見てきた支持者にとって、二階氏の姿は昭和の政治家の体現だと言えるだろう。

二階氏の動きは誰よりも早く、勝ち馬に乗る。安倍元総理の再選支持をいち早く表明し、党則を変えて安倍3選を可能にした。菅総理の支持も早く、自民党内に菅路線を作ったのも二階氏だ。政局の流れの中心にいるのは常に二階氏で、流れを作るのも二階氏だ。

自民党を離れた経験を持つ自民党トップ

二階氏は幹事長の座に、党内から順々と上り詰めたわけではない。1993年、宮沢内閣不信任決議案に賛成して自由民主党を離党、小沢一郎氏らと共に新生党結成に参加した。細川・羽田政権後、新進党にも参加し、1998年、新進党分党後も小沢氏の側近として自由党に参加。二階氏は石破茂氏と同様に自由民主党を離党した経験を持つのだ。二階氏が自民党に復党したのは2003年、保守新党が自民党に吸収される形だった。石破茂氏が1997年に復党したのに対し、二階氏の復党の方が遅いのだが、何故か石破茂氏のほうが「自民党を裏切った」と揶揄されることが多い。人柄の違いか、汗水の違いか。

2005年5月、小泉政権の時に、郵政民営化法案を審議する特別委員会の委員長に就任する。二階氏は郵政民営化法案の衆院通過に尽力した上、その後の郵政解散による選挙責任者の総務局長として候補者擁立などに奔走し、自民党圧勝の功労者となった。この大勝利をきっかけに地位向上が行われるようになった。また、二階派の議員数が増加することになり、二階派の政治的影響力が強くなった。党内で汗を流すことによって、出戻り組であるにもかかわらず、異例の出世を遂げる。同年の2005年10月には経済産業大臣、2007年には党三役である総務会長に就任する。2016年、第三次安倍内閣時に77歳で自民党幹事長へ就任。今日に至るまで強い影響力を持つ。

党三役とは

自由民主党においては、幹事長、総務会長、政務調査会長の三役が、総裁に次ぐ最高幹部であるため、「党三役」と称す。通例として、総裁を除き、党中央の役員は同時に国務大臣との兼任を避け、党の執務に特化する。
(wikipediaより)

「政策より人格」政治家は”汗”を信用する

二階氏は汗をかく政治家と言える。ここで「汗」とは党にどれだけ貢献したか、議員にどれだけ貢献したかを指す。つまり「人のために働くことができたか」である。二階氏から国家ビジョンは見えないし、掲げていないだろう。政策よりも人柄の政治家だ。私が見る中で、政治は政策よりも人柄で動いている場面が多く見受けられる。

出戻り組であるにもかかわらず、二階氏が議員から支持されるのは、一貫した「汗を流す精神」であろうと私は思う。自民党を離党した際も、多くの心血を小沢氏に注ぎ、その後保守新党でも、党幹事長として尽力した。党を鞍替えしようとも、最後まで面倒をみようとする生き様が自民党でも評価されたのではないだろうか。

二階氏の政策・主張は日中友好活動の側面が強く、党内では親中派に位置する。二階氏は約3000人の訪問団を引き連れて、中国の交流イベントに参加した。習近平主席の来日も望んでおり、その主張から多くの批判を受けるが、二階氏を降ろそうという動きはない。

我々が学ぶべきこと

政治に限らず、どの組織に属していても、組織運営を第一に考え、組織の人に貢献する人は評価が高い。まさに「調整役」だ。結果という指標に憑りつかれ、数字を出す人間が社内を回せるかというとそういうわけではない。数字で評価されない”汗”というものが、後々に自分のためになることを二階氏の生き様が物語っている。

人のために生きることは難しい。だが、それを貫いた人間は歴史に名を遺す。二階氏は語らない。二階氏から何を学ぶかは我々次第なのである。国民を愛した分だけ、国民に愛される。最後に、民衆に最も愛された政治家、田中角栄氏の名言で締めたいと思う。

「人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ。政治家を志す人間は、人を愛さなきゃダメだ。東大を出た頭のいい奴はみんな、あるべき姿を愛そうとするから、現実の人間を軽蔑してしまう。それが大衆軽視につながる。それではダメなんだ。そこの八百屋のおっちゃん、おばちゃん、その人たちをそのままで愛さなきゃならない。そこにしか政治はないんだ。政治の原点はそこにあるんだ」

石破
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うの
薬学生/千葉自民党学生部部長。1998年千葉県生まれ。大学1年生の時に薗浦健太郎衆議院議員の講義を受けて政治の世界に興味を持つ。臼井正一県議会議員をはじめ、多くの県会議員に影響を受ける。「若者と政治を身近に」がモットー。専門は医療。新たな医療の可能性を模索し活動中。趣味はオーケストラ。楽器はバイオリン。

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