コラム

僕から見る「政治」(By 鷹宮)

政治とは

日本人の多くの若者、また大人までもが「政治」というものに関心を持っていない。若者に関しては、関心の低さが選挙の投票率にも顕著に表れている。その原因は、「消費者化」に陥っていること、実際に親世代が全く関わりを持たないために「難しい」というイメージが先行していることが挙げられる。今回は、若者の政治離れが主題ではない為、また後日に寄稿するとして、本題に戻る。

そのような日本の社会から見放されつつある「政治」について、また自身の経験を交えて論じていこうと思う。

僕の考える理想の「政治」

しばしば、政治スタンスを語る中で、「是々非々」という言葉が出てくる。しかし、僕はこの言葉を聞くと、いつも「?」クエスチョンマークが浮かぶ。「是々非々」という言葉の意味は「是を是として認め、非を非として反対し、公平的な立場で判断して事を行う」ということです。つまり「いいことや正しいことは認めて賛成し、悪いことは悪いと言って反対し、公平な立場で物事を判断する」という意味になります。

これは、議員をする上で当たり前のことです。また、この考えで政治を行わない人なんていません。ただ、立場や視点、論じ方の違いがあるだけだ。だから、この「是々非々な政治を!」というような政治家は、政治に不勉強か、ただ向いていない方(パフォーマンス重視)なのかと思っています。

そのうえで、僕の理想の「政治」は、一定の競争原理のある政策論戦型の政治が良いと思っている。つまり、与党に対抗する強い野党が必要だと思う。というのも、一つの政党や政治的な集団に、議席が占められると論争や質疑が薄いまま、強引に決を採ることになる。結果論から言えば、「結果には変わらない」というのはその通りである。しかし、民主主義=多数決で終わると非常に怖い。しっかりと、少数派との質疑の上、議論する、そして決を採るというプロセス踏むことに大きな意義がある。

また、この世な中には「100%の賛成も無ければ、100%の反対も存在しない」。そんな中で、将来的に重要判断が必要、国を二分する、このような大きな問題でさえ、1つの方向性に集約されてしまう。希望の党時代ちょっぴり流行した「アウフヘーベン」という言葉を引用するつもりはないが、1つの方向性を決めるより、二つを包括する解決策がある場合も存在する。それを模索することも必要であると思う。

今の日本は、自民公明による大きな政権によって議会が占められている。その要因はさまざまあるが、この状況でよい政治が進んでいるのかは「?」クエスチョンマークが浮かぶ。

本当に困っている人にしっかりと支えになる政治が行われているか、十分考えなければいけない。

議員インターンの経験

ここからは完全に、私の個人的な話になるがおおよそ興味がある方にはウケるかもしれない。

いまは大学3年生で関西の大学に通っているが、ちょうど2年前大学1年生の頃に議員インターンシップ(国会議員)を経験されて頂いた。その時は、国会の議員会館に行って、秘書の日常や、官僚とのやり取り、小さな勉強会やヒヤリングなども経験した。また、地元の選挙区でのさまざまな活動などを、精力的に活動する議員本人の凄さに圧倒され、刺激的な時間を味わうことができた。

その経験から、それまでの政治の見方が大きく変わったことは多々ある。その一つに、「真実」とは何かということである。それまで、新聞やニュース番組、有名人のSNSが、本当のことを発信しているものだと思い、特に何も疑うことなく信じて生きていました。しかし、このインターンでは「生の政治」「生の現場」を見て、またそれらを報じるメディアがおかしいことに気づきました。一般的に、直接見て聞いて知るものを「一次情報」、マスコミやYouTubeなどの媒体を通じて知るものを「二次情報」と呼ぶ。その二次情報が正しい発信を行っていなかったのだ。正確に言うと、記者目線で事実が誇張されていたり、勝手に事実に基づかない捕捉がされていたり、一番良くないと思ったのは、憶測に近い予測で記事にされていた。実際に、自分の感じたことが正しいとは言わないが、解釈上不可能なもの(デマに近い)でさえ堂々と記事になっていると知って、なんでも疑ってかかることの大切さを感じました。またそれと同時に、「政治」はまだまだ未熟なものだと実感するものでした。

インターンの際に国会前で撮影(撮影:鷹宮)

僕が言いたいこと

僕が言いたいことは一つです。世の中に偉い人はいません。(偉そうにしている人、尊敬できる人はいる。)

それは、人間が完璧にはなれないからです。政治をしている人やそれを伝える人は、皆そんな人間です。だからこそ、自分で考える、社会の一員として行動することが大切です。ぜひ、政治に参加してください。

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鷹宮 未来
鷹宮 未来
京都生まれ、京都育ちの男子大学生。以前は、「議員インターンシップ」を運営する某NPO法人に所属し、国会、地方問わず多くの議員に関わってきた。twitterに関しては、どこかの主義主張に立脚したものではなく、思ったことを発信することにしている。それ以外は、就活をしながら、バイトやサークルを気ままにする平凡な大学生活を送っている。

POSTED COMMENT

  1. アバター mituru より:

    おつかれさまです!私は横須賀市民ですが米軍基地の様子とか見ると日本ってアメリカの植民地だなあって感じますね。ですから宗主国の意向に合わせて日本国の政治が制限されているのは当然なのでは?ペリーが来てからの歴史の積み重ねで出来上がった高度な支配システムなので気付きにくいでしょう。

    日本民族が命を削って稼ぎだしたGDPはいつの間にかアメリカ合衆国財務省証券へ移転する仕掛けになっているそうです。マルクス主義への極端な嫌悪感もアメリカの政策ですよね。アメリカの政治家の方が共産主義的な人もいてもっと自由です。
     
    関心がないわけではなく日本は思想的にも経済的にも完全に統制されていて自由はありません。従って民主政治も不可能です。独立戦争でもしますか?でもまたやられるだろうし今度は復興が不可能なくらいに殲滅されるでしょう。

    でもね逆にこれはよいことだと思うんですよ。政治って結局は人間にとって利益になることを実現するシステムでしょう。今重要なのは環境問題であって人類の発展ではないですから政治が衰退するのはもっとも進歩的であるともいえるでしょう。

    環境問題をセクシーだよねで片付ける担当大臣が政治の限界を象徴していますよね。今問われているのは人類が存在すべきかどうかですよね。私たちは生きる限り環境を破壊し続けるのです。それが人類の特性です。おそらく近い将来大自然の力によって排除されるでしょう。

    政治家にはこの問題を解決する能力はないです。そういうこと考えないから立候補して当選できる。あるいは王権を継承できるのです。ですから人々は政治には期待していないのです。長々と書き連ねましたが一言で言うと政治はオワコンということで…

    権力闘争でなく生命を育む本能的特性を持つ女性が政治家として活躍すると変わってくるかもしれませんがそういった気配は薄いですよね残念ながら。

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