コラム

日本のいちばん長い日〜玉音放送とは〜(By シーワン)

玉音放送とは

まずは第二次世界大戦で亡くなられた全ての方々に哀悼の意を表します。

余談ですが、僕の曽祖父はフィリピンで戦死しているので終戦記念日が近づくと何ともいたたまれない気持ちになります。

さて、今日はそんな悲劇に終止符を打った、「玉音放送」について書いていきます!

庶民の様子

1945年8月15日正午、予め録音されていた終戦を知らせる天皇の言葉(玉音)が放送されました。

亡き曽祖母によると、当日の朝に「重大な放送がある」と町内会長から知らされたそうです。
正午、集会所に近所中の人でごった返すなか聞いた「現人神」の声は、当時まだ若かった曾祖母には「何を言ってるのか全く分からなかった」そうです。
しかし、隣に座っていたお年寄りから内容を聞き、「不安と嬉しさが入り混じった何とも言えない気分になった」と言ってました。特に男性は号泣し、子供は訳が分からずポカンとし、女性は泣いてる人もいれば、いそいそと今後の相談をしていた人もいたとのこと。

やっぱりこういう時って女性は強いなって思います(笑)

玉音放送までの動乱〜時系列順〜

1945年(昭和20年)8月14日、御前会議において鈴木貫太郎首相が昭和天皇の判断を仰ぎ、ポツダム宣言受諾を決定(いわゆる御聖断)。

同日夜、詔書案が閣議にかけられ裁可され、終戦の詔書(大東亜戦争終結ノ詔書、戦争終結ニ関スル詔書)として発布。

ポツダム宣言受諾詔書が発布されたことが、駐日スウェーデン公使館を通じて連合国側に伝えられる。

昭和天皇は詔書を朗読してレコード盤に録音。

陸軍の一部には徹底抗戦を唱え、クーデターを意図し放送用の録音盤を実力で奪取しようとする動きがあったが、失敗に終わった(宮城事件)
(録音盤はクーデター計画を知った宮内庁職員が機転を効かせて、自分のデスクの書類に紛れ込ませることで隠したとのこと)

アメリカ軍は15日未明の土崎空襲を最後に爆撃を停止。

放送が正午に開始。はじめにNHKアナウンサー・和田信賢によるアナウンスがあり、聴衆に起立を求めた。続いて情報局総裁・下村宏が天皇自らの勅語朗読であることを説明し、君が代の演奏が放送。その後4分あまり、天皇による勅語の朗読が放送。再度君が代の演奏、続いて「終戦の詔書をうけての内閣告諭」などの補足的文書のアナウンス。

僕の思い

枕にも書いたように僕は当時25歳だった曾祖父をフィリピンで亡くしています。もちろん会ったことはありませんが、生前の話を祖父母から聞くと心が痛みます。

僕はこの玉音放送は戦争への責任を日本が取った最初の事例だと思っています。そして日本が新たな時代へ踏み出した第一歩だと思っています。

朝鮮学校
朝鮮学校とは〜日本の中の民族学校〜(By シーワン)朝鮮学校って何? 昨日、7月25日に京都朝鮮高級学校の生徒が関西医科大学から受験を拒否されたとの ニュースが報じられました。朝鮮学校...

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で
ABOUT ME
シーワン
シーワン
高2・男子/2003年千葉県出身。小学生の頃から新聞を読み始める。テレビで偶然見た池上彰氏の番組を見て、時事問題を分かりやすく伝える大切さに気がつく。政治的立場は中道左派。安倍政権は不支持。専門分野は国際政治、歴史、クラシックなど幅広い。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。