コラム

東京都予算委員会質疑から読み解く「校則の必要性」(By 車世栄)

1.「ツーブロックだと事件や事故に巻き込まれる?!」注目の質疑と答弁

7月13日、日本共産党東京都議団の池川友一都議の問題提起に、Twitterが沸いた。
動画は7月23日現在で630万回の再生がされており、賛否両論を呼び起こした。
今回は「校則」をテーマとした池川都議の質疑と、藤田教育長・小池都知事の答弁からその是非について考えたい。

まず、今回最も注目された質疑と答弁は次のものだろう。

藤田教育長の「外見等が原因で事件や事故に遭うケースなどがございますため、生徒を守る趣旨から定めているものでございます。」という答弁が、池川都議のツイートの動画内でも強調されており、多くのコメントやいいねが寄せられた。

これに関して池川都議は委員会の場ですぐに

「つまり、今の話はツーブロックにすると事件や事故に遭う可能性があると。率直にいって意味不明ですよ・驚きの答弁だと思います。」と発言。

これに関しては私も全く同感で、ある調査によると
体を触られる被害の経験率は、私服だった人が約30%なのに対し、ブレザー・セーラー・その他制服を着用していた人は制服の種類に関わらず約50%にものぼった。制服そのものが被害を誘発しているのだ。
とも言われており、外見等が原因で事故や事件に遭うというのであれば、制服こそ無くすべきなのではないだろうか?(明確な因果があるとは限らないが、そのような議論も当然出てくるだろう。)

まさに「衝撃の答弁」ではあるが、この答弁に議論の本質が吸い取られてしまっているという風に私は感じる。
そこで、質疑と答弁を全体から見つつ、議論の本質を探っていきたいと思う。

2.なぜ校則は必要か?

今回の「衝撃の答弁」校により、校則に対してのヘイトが集まっているが、そもそも校則はなぜ必要なのだろうか。藤田教育長は以下のように述べている。

このように、校則は「生徒の状況に応じて、必要かつ合理的な範囲で、遵守すべき学習上・生活上の規律として、校長の権限と責任において定めている」とのこと。

確かに、学校によっては校則を無くすことによって明らかな風紀に乱れや地域住民との軋轢などが生まれる可能性もあり、中には安全を守るためのものもあると。
答弁自体は非常に納得のいくものだが、個別具体的な校則の事例を見ると、中々「その通りだ!」とは言えないと感じる。

3.ブラック校則にSOS―切実な生徒の声

「ブラック校則で苦しむすべての人たちに」
「人権を無視したひどい校則、理不尽なルールに苦しんでいませんか?学校の外へ、その声を届けてください。」
というキャッチフレーズのウェブサイト・ブラック校則データベースや、校則版wikipediaである全国校則wiki(入学前の学生、人権活動家などが校則を確認できることを目的としたwikiサイトです。誰でも自由に閲覧・編集が可能なサイト)等を見ると、当事者の切実な声が聞こえてくるのではないかと思う。

池川都議も質疑の中で軽度のアルビノで、生まれつき栗色の髪色をした方からお話を伺ったとのことで、以下のように述べている。

このように校則は、時として個人を傷つけるものとなり得るし、逆に寛容なことによって救われる生徒も多くいる。
大袈裟ではあるが、生徒個人の進路や将来にも影響を与えてしまうようなコミュニティの形成や出来事に通じることもあるからこそ、私たちは校則について真剣に考えなければいけないのだ。

4.小池百合子都知事の「希望の答弁」

実際に「衝撃の答弁」がクローズアップされる一方で、「希望の答弁」も見られた。

このように、藤田教育長はただ単に校則の正当性を主張するだけでなく、「校則は絶えず見直しを行うべき」との答弁を行っており、非常に希望を持てる。

さらに池川都議の

との質疑に対して小池都知事は

というように答えており、この議論を前進させる「希望の答弁」をしている。

池川都議もこの答弁の後に

5.さいごに

「衝撃の答弁」が注目される予算委員会での質疑だったが、こうして全体を見ると単純な0か100かという問題ではなく、より各学校の事情に合わせて必要かつ合理的な範囲で校則が作られていくべきなのだと感じる。

しかし、立法権・司法権・行政権がすべて校長に集約された学校社会では構造的にそれは難しいのではないかという意見も多くある。
このようなことも含め、絶えず私たちも議論を行い、校則を変えていかなければならないと考える。

だからこそ、ぜひその流れを社会全体で共に創っていきたいと、私は考える。
これからも日々の発信や行動を忘れないようにしたい。

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