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【5分で分かる枝野幸男】数々の発言やツイッターも話題に!立憲民主党代表を解説

キーワード解説:「枝野幸男」

生年月日:1964年5月31日(56歳)
出身校:東北大学法学部卒業
現職:弁護士、衆議院議員、立憲民主党代表
政党・派閥:立憲民主党
当選回数:9回(埼玉5区)
旧民主党政権において、官房長官、経済産業大臣などを歴任

政治家としての経歴
1993年 日本新党にて初当選
1998年 旧民主党結成に参加
2010年 菅内閣にて内閣官房長官に就任(史上2番目の若さ)
2017年 民進党解体に伴い、立憲民主党を設立

枝野幸男 経歴〜追いたち〜

栃木県宇都宮市のサラリーマン家庭に生まれます。

中学時代に生徒会長を務めます。

選挙時は劣勢でありましたが、演説後階段の踊り場からひたすら投票を呼び掛ける熱血さで当選しました。

東北大学に進学後、法曹を志望し24歳で司法試験に合格します。

1993年に日本新党の公募による候補者として初当選を果たします。

枝野幸男 経歴〜政治家として〜

1995年から薬害エイズ問題に取り組み、和解を実現し注目を浴びました。

その後橋本政権で厚生労働大臣であった菅直人の補佐役となります。

1996年、旧民主党の結成に参加、その翌年には旧民主党政調会長に就任します。

その後「臓器移植法案」や「夫婦別姓の選択を可能にする民法改正案」など数々の法案を提出します。

提出した法案の数と委員会での発言が注目を浴び、「議員立法ブーム」の立役者となりました。

2009年民主党が政権を取り、鳩山内閣が誕生すると事業仕分けの中心人物の1人として活躍し、政権の支持率を下支えしました。

続く菅内閣では史上2番目に若い年齢(46歳7か月)で内閣官房長官に就任します。

東日本大震災の時には連日ヘルメットを被って記者会見に臨んでいた姿を、覚えている方も多いのではないでしょうか。

2017年小池百合子による改革保守政党「希望の党」設立と同時に宣言された「排除の論理」に反対し、リベラル系議員をあつめた立憲民主党を結党し、代表に就任します。

枝野幸男の政策・主張

今回は、枝野氏の諸政策を羅列形式でまとめています。

[経済]
・中間層の賃金上昇による経済の再生
・消費税増税に賛成
・所得税、相続税などの所得の再配分機能の強化

[エネルギー]
・原発ゼロ
・代替策として再生可能エネルギー、省エネルギー

[憲法・行政]
・憲法9条改定反対
・集団的自衛権の行使に否定的
・首相の解散権に制限を付与すべきだと考えている
・共謀罪の廃止
・選択的夫婦別性に賛成
・LGBT差別解消

[外交・防衛]
・普天間基地移設に反対
・日米同盟を基軸にした現実路線

[その他]
・国会議員有志からなる愛煙団体の「もくもく会」に所属

引用:枝野幸男オフィシャルサイト

枝野幸男のツイッター

枝野氏のツイッターは「#えだのボイス」とハッシュタグが付けて注目されています。

「#えだのボイス」とは
枝野代表がツイッターを通じて国会での問題や立憲民主党の主張を分かりやすく本人が話す動画のことです。

枝野幸男と立憲民主党

立憲民主党は民進党が希望の党に合流する過程で生まれました。

憲法改正に賛成の立場にあった希望の党に反対したリベラル勢力として立憲民主党が立ちあがります。

当時は憲法改正反対を唱えていた議員が希望の党の公認欲しさに改憲を容認していたこともあり、枝野幸男は自身の主張に1本筋を通した政治家だと言えます。

立憲民主党は「草の根民主主義」と称し、トップダウン型の政治ではなく国民の声からなるボトムアップ型の政治を目指しています。

立憲民主党の支持母体は自治労などの労働組合や、日教組でかつて社会党を支持してきた団体が多いのが特徴です。

現在、衆議院では立憲民主党は野党第一党として社民党、共産党などと連携しながら与党と対立姿勢を見せています。

国民民主党との合併を模索しましたが、破談に終わってしまいました。

最後に

野党第一党の立憲民主党である枝野幸男は現政権反対派の声を政治に反映していくことが求められるでしょう。

立憲民主党
【5分で分かる立憲民主党】枝野幸男が代表を務める政党を解説!今回は、枝野幸男氏率いる国政政党「立憲民主党」の紹介です。民主党解党後に誕生した比較的新しい政党です。主な政策や、誤解されがちな「国民民主党」との違いをまとめています。...

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